消毒液の香りが漂う小さな個室、大きなモニターとキーボード、それからズラリと並ぶ分厚い医療書。
「また使いましたね〜⁉︎」
くるくる回るタイプの低い椅子に座っている。いつもより近い視線は、逸らすとすぐバレるから笑って誤魔化す。
「いつもそうやって笑って〜。女の子には効くのかもしれないですけど、僕には効きませんからね!」
これもダメか、手強いな。
「私のこれと誰かの命を天秤にかけたら、どちらに傾くかなんて分かりきっているじゃなか」
トントンと自分の目元を叩く。必要なら使う、それだけだ。今も昔も。
「やっぱり僕的には使わないでほしいですけど、貴方たちはそうですもんね」
跳ねた長い前髪から僅かにのぞく眉が下がる。しおれた植物の葉みたいだ。この顔を見ると多少の申し訳なさが湧き上がる。それでも私は割り当てられた役を全うしなければならない。酷使された網膜が反乱を起こし、私を暗闇に突き落とそうとも。
「引き続き、僕の方でも薬の改善や別の治療方法を探します」
黙ったままの私をみて、下がった眉をはそのままに口元だけ笑ってみせた。困ったような笑顔に微かに揺れる瞳。心配と覚悟と、羨望、だろうか。
「ど〜しても、って時に絞って使ってくださいね」
そうやって念を押される。どうやら今日はこれで解放してくれるらしい。私が立ち上がると彼も立ち上がった。扉を開けると彼の両の手が私の肩を掴む。その手で背中を軽く2回叩き、私を外へ送り出した。