音、温度、光、匂い、視線。目と耳と皮膚が捉えた感覚を脳が過剰に解析し始める。頭の中がうるさい。狭い路地に入りしゃがみ込み、目を閉じた。外は情報が多すぎる。これだから外出は嫌いなんだ。海に沈んでいくような心地がするから。果たしてどれほどの人が海の歩き方を知っているだろうか。掴むものがなく縋るものもない。もがくほど沈んでいく海の渡り方を。熱を帯びていく脳の中の回路を冷やそうと深く息を吸い、ゆっくりと吐く。その呼吸にさえ意味を見出そうとしていて乾いた笑いがでた。
しばらくそうしていると回りすぎた頭は徐々に速度を落としていく。閉じた目をうっすらと開ける。深海から月は見えないだろうが、ここからは星が見える。かつて人々は星を頼りに暗い夜を歩いた。数多ある星を線で繋いで星座をつくるのは、溢れかえった事実を繋ぎ合わせ謎を解くことに似ている。騒々しい頭の中から真実を拾い上げられたとき、この厄介なぼくの持ち物に価値を感じられる。それは海に差し込む一筋の光だろう。
足が痺れてきて座り込んだままだったことを思い出す。ピリピリとはしる刺激を揉みほぐしならが立ち上がった。服についた砂をはたいてから、思い切り伸びをする。強ばった身体から力が抜けていく。そうしてようやく、光の射すほうへ歩いていくのだ。