コツコツ、と固い靴底が石畳に当たる音がした。多分あと4回足音がして、その後に3回扉が叩かれる――ビンゴ。
「あいていますよ」と声をかけると、あまり動かされることのない扉はギィと音を立ててゆっくりと開かれる。足首ほどまであるメイド服がふわふわと揺れた。途端、立ちこめるのは自分とは違う煙草の香り。
「謎の探偵様が、不用心過ぎンだろ」
眉をひそめた彼は後ろ手に鍵をかけた。
「来ると聞いてましたから」
ぼくがそう言うと、彼は何も言わなかった。ただ目を細め、口をとがらせてこちらをじっと見つめるだけ。背中に嫌な汗が流れた。荒い口調に反してマメで世話焼きな男なのだ。お小言のスイッチが入ると長い。彼の気をそらせることはないかと目を泳がせ思考を進める。
先程から僅かに鼻腔をくすぐる甘い香りと、腕に抱えられた紙袋。これだ、と思い声を捻りだす。
「……ところでスモーキーさん、君が甘いものなんて珍しいですね」
そう指摘された彼は視線を紙袋に落とし、斜め上を見て、かと思えば左右に瞳を揺らし、最後にぼくの方を見た。ご丁寧に人差し指で頬までかいて。
――おやおや。
「いや、これは……」と口をもごもごさせる彼が面白くて口が回り出す。
「ふふん、さては女性からのプレゼントですね」
ギクッと音がしたかと錯覚するぐらい彼は固まった。近づく足取りが軽やかになる。
「どれ、ぼくに見せてご覧なさい」
硬直したままの彼から紙袋を抜き取ることは容易だった。小言を回避したうえ、彼の鼻を明かした気になって気分が踊る。紙袋からは小さな白い箱が現れた。
「ほほう……」
ゆっくり、ゆっくりとその箱を開けるとそこには可愛らしいうさぎのケーキ。脇に添えられたプレートにはHappyBirthday Sherryの文字。
――ハッピーバースデーシェリー?
「シェリーさん、これ……」
「同僚に!押し付けられたんだ!!!」
焦る声が聞こえる。しかし、ぼくのあせりは、それを上回る。
「いや、そうではなくて、きみ、誕生日って」
つい先刻まで顔を赤く染めていたらしい彼は、狼狽えるぼくをみて少し落ち着きを取り戻したようだった。
「あぁ、今日誕生日なんだ」
そんな日に仕事なんてしなくていいのに。ましてやぼくの手伝いなんぞ。
「そういうことは早くいってくれないと」とまくし立てるぼくに対して「自分から言うもんじゃないだろ」と言い放つ彼。それはそうだけれども……
何かできることはないかと逡巡したのち、はたと思い至る。アレのストックが戸棚の右から2番目に。
◇
勘が鋭い探偵は、見られたくなかったケーキに真っ先に辿り着く。俺が誕生日だと知ると動揺したようだった。かと思えば何か閃いた様子で戸棚を漁り出す。そこに入ってるものは知ってる。俺が片付けているのだから。探偵は取り出した1つの缶をそのまま俺に投げ渡す。それは綺麗な放物線をえがき、俺の手の中にストンと収まった。
「ぼくは生憎これしか吸わないものでね。これで勘弁してくれないかな。――誕生日おめでとう」
そうやってぎこちなく、しかし優しく微笑んだ。