狭いコックピットのなか、加速と減速による重量で息継ぎすらままならなくても、ここが私の息をする場所だった。グリットの最後尾、シグナルが一つずつ消えていく。冷えた指の震えは酷くなる一方だ。気道がしまっていく。それでもいつものように指と足を動かそうとする。
シグナルブラックアウト、エンジンストップ――
◇
その日はねっとりとした蒸し暑い日だった。誰もが口をつぐみ、重々しい空気が流れていた。
二日前の初日予選で、とある選手のマシンが縁石に乗り上げて宙を飛び、金網に激突。垂直に落下し、選手は衝撃で気絶。生きていたのは奇跡だった。
翌日の予選では、また別の選手がコンクリート壁に激突。即死だった。仲間の死に、エリオスも私も号泣した。
そして迎えた決勝レース。走れる気がしなかった。それでもエリオスが覚悟を決めた顔をしたから、私もコックピットに乗り込んだ。レース中にも幾つかのトラブルがあったけれど続行の判断が下されて、私はもう限界だった。
そんななか、彼のマシンがコンクリート壁に突っ込んでいった。私はすぐ後ろを走っていた。
◇
エリオス・ルルエはあっけなく逝ってしまった。彼のいなくなったサーキットは陽の光が届かなくなったようで、ひどく寒い。月は太陽の光を受けて輝くのだ。光を失った月は一体どうなるのだろう。私はフォーミュラの中で凍ってしまった。
「ルナくん、リーゲンドルフに来てくれないか?」
マシンに乗れなくなった私に声をかけたのはエリオスの兄、キュポアーロ・ルルエだった。風変わりで、けれど優しい彼は、弟の恋人であった私を妹のように可愛がってくれていた。私もポア兄なんて呼んで、慕っていたのだ。
「ぼくもこんな感じだし、ルナくんがいると助かるのだけれど」
何もする気が起きなかった。でも、ここにはいられないと思った。どこか遠い場所へ行ってしまいたかった。
「そう、することにします」
ポア兄がほっとしたように息を吐いたのが分かった。彼も弟を失って天涯孤独となったのに。私は自分のことばかりで、情けなくて、目尻にたまった水滴を上を向いて誤魔化した。
そうして私はチームに別れを告げ、陸の孤島への長い道のりをいくことにした。