空中散歩

 鉛色の空、刺すような風が吹く。けれども彼は悠然と天に立つ。荒れ狂う風は不思議と彼を吹き抜けない。それらを纏うようにして、髪をさらさらとなびかせている。眼下に広がるのは央東の街。煉瓦作りとコンクリートの建築が入り混じりガス灯が点在する。そこに異質な黒く大きな鳥居。
「やはり出たか」
開いていた扇子をパチンと閉じて、静かに歩き始めた。まるで空中に透明な床があるようだ。足音はしない。ただ袂がゆらゆらと揺れるだけ。時折扇子で顎をトントンと叩きながら歩を進めている。
 彼が空中散歩を始めてから程なくして黒い鳥居から靄が立つ。逃げるように方々に散る人間たちと、その流れに逆らうように黒い鳥居に向かっていく集団が上空からも確認できる。それらをチラリと見下ろし、しかし顔色を変えずに歩き続ける。パンッパンッと何かを打ち鳴らす音。遅れて微かに火薬の香り。
「愚かよのぉ」
下界では局地的に吹雪いているらしく所々様子が伺えなくなった。キラキラと光る何が吹雪の中を走り、結晶に反射したであろうそれがまた輝きを増す。怒鳴り声、叫び声、唸り声。それらが向かう先は全て同じ。鳥居のすぐ手前。
「その獲物、頂戴するぞ」
 鈍く光る陽の光をうけてゆるく笑みをみせる。周囲に吹いていた風はいつの間にか止んでいた。かと思えば彼の足下の下の下、地上では轟々と激しい竜巻が起こる。最初に砂が舞い、次に銃が舞った。それから瓦礫が舞い、とうとう人が舞い、そして最後には鳥居より出づる黒も舞い上がる。荒々しくも器用な風はそれらを丁寧により分け、地に戻す。黒だけが高く打ち上げられ、男の目の前に。
 暴れる其れの顎のようなところに彼は扇子をあて、ほんの少し持ち上げた。
「さて、お前は我に何を教えてくれる?」