即興チームアップ

ドゴォン――

 大きな音が耳に突き刺さった。次いであがったのは悲鳴。音のした方をみると建物が崩壊し、その周囲には砂煙が立ちこめる。視認できる距離だ、ここからそう遠くない。あの辺のパトロールをしているのは――
「こちら蜂屋、5番地区にてデッカいエコーが暴れとる!至急応援を頼む」
考える間もなく無線から声が流れる。5番地区はここの隣の区画だ。走って向かえる距離だろう。軽く屈伸して無線に応える。
「ファウラー、向かいます」

 現場に到着するとそこは酷い有様だった。だるま落としでもしたのだろうか、一階部分がなくなり幾分か低くなった建物たちが軒を連ねている。その周りには崩され一階たちが大小様々な瓦礫となって散乱していた。それらの中心地、足場の悪い更地と化したその場所に大きな男。唸り声をあげながら暴れるそれは理性の飛んだ獣のようで、常人であれば到底太刀打ちできない。
 状況を把握している間も絶えず漏れる自分の呼吸に情けなさを覚える。視界にうっすらと靄がかかり始めた。整える間も惜しくて肺に能力を使う。アップグレードした肺は酸素を迅速に取り込み、血液に流す。上がったままの心拍数が運搬を手助けしてくれた。指先へ、網膜へ、そして脳へ。全身に廻った酸素が自分をクリアにしてくれるのがわかる。リスクから目を逸らして能力を使い続けた代償を、今払っている。はやく片づけなければ、誰かに気づかれる前に。はやく、はやく。
 乱れた呼吸が落ち着くと同時に偵察を始める。混乱の第一発見者である蜂屋くんは大男と対峙しているようだ。ジャブ、ストレート。相手の大振りなフックを屈んで躱し、そのまま流れるようにアッパー。仰け反った敵の足元を狙ってローキック。敵との身長差はおよそ80cm、蜂屋くんがいるのは相手の間合いの更に内側。有利な位置だ。顔色が悪いのが気になるが、押し切れそうに見える。なんだ余裕そうじゃないか。
 そう思ったのもつかの間、男は蜂屋くんの足を掴みあげた。逆さまになって持ち上がった彼を、そのまま放り投げる。軽く繰り出されたかに見えたその行為は、しかし蜂屋くんを100mほど飛ばす。投げ出されている最中の彼と目が合った。目を見開き、口をあんぐりと開けている。進行方向には崩れかけのビル。このままの勢いで進めば間違いなくぶつかるが、後ろ向きに進む蜂屋くんはまだ気づいていない。気づかなければ硬化はできない。脚を強化しても間に合うかどうか。いや、違う。やるしかないのだ。
「ししょ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
 駆け出そうとした瞬間、視界にパステルカラーの緑が跳ねながらやってきた。右足で地面を強く蹴り出し大きく飛び、次の左足は柔らかな着地。それを繰り返す、歪なスキップのような特徴的な走り方。彼は蜂屋くんとの距離をみるみると縮め、背後に滑り込む。ビルとの隙間はちょうど人ひとり分。間一髪、左腕で蜂屋くんを受け止めて更に右半身で受け身まで取ってみせた。見開いたままだった蜂屋くんの目は、やがて細まり表情が明るくなる。
「レイ!ようやった!!!」
 師弟愛に浸る間もなく大男が二人を目がけて飛んでくる。重力をものともしない跳躍は敵ながら惚れ惚れしてしまうが、そうも言っていられない。二人が身構える。敵との距離はわずか数メートル。そこへ落ちる電撃。大男の動きが止まる。
「りりぽよさんじょ〜〜〜う」
三人の頭上から声が降り注ぐ。見上げるとビルから落ちてくる少女が一人。空中で身を翻しながら勢いを殺し、華麗に地面へ降り立った。
「スーパーヒーロー着地!なんちゃって〜」
ケラケラと笑いながらも目はしっかりと敵を見据えている。蜂屋くんの無線に応答したのは私とレイくんと、それからイェナくん。これで全員揃った。動きを止めていた敵は、ビリビリと電気を身にまといながらも少しずつ動きはじめる。猶予はあまりない。
「ライリー、はよせぇ!そう何分も持たへんで!」
ヤジが飛ぶ。静かになっていたデバイスが動きはじめる。
「レイくん、今日のアームは?」
「えっと、火炎放射です」
温度、音、光、風向き、敵の能力、仲間の相性、私の限界。ありとあらゆる情報を取り込み、そして精査する。
「一応聞くけど誰か捕縛装置もってる?」
三人は同時に目を逸らす。なるほど……
速度を上げていくモーターが熱を持つように頭の中が熱くなる。目の奥で火花が散った。
「ととのいました」

 大男と拳を交えるのは蜂屋くん。男の間合いの外側から軽く踏み込み、空中でキックを繰り出す。そしてすぐさま間合いの外へ。掴みかかられないギリギリの距離。けれどもこちらに気づかれないギリギリの距離。私は視力を上げて攻撃を先をよむ。大男が跳躍の素振りをみせたらイェナくんがすかさず電撃を打つ。留まらせなければならない。レイくんの、この大きな工作が終わるまでは。

「ととのったっちゅうから楽勝なのか思たら、なんや泥仕合やないか」
蜂屋くんが私を見上げて吠える。
「でも捕獲できただろう?」
例の大男を封じた、大きな檻の上から彼を見下ろす。暴れ回った男は今は気を失っているはずだ。
「師匠かっこよかったです!」
ドサッと音がした。おおよそキラキラとした眼差しを向けたレイくんが、檻の上から蜂屋くんに飛びついたのだろう。
「ほんまか?ほんならええか」
「はっちんチョロ〜い」
先程よりも柔らかい着地音、イェナくんが地面に降りた。私は足で淵を確認し、ゆっくりとジャンプする。予測した瞬間に軽く膝を曲げて着地した。
「よぉこんなもん作ろうと思たな」
「殺してはいけないからね」
「溶接楽しかったです」
どこかでサイレンがなっている。機関の職員たちが到着したようだ。
「こっちこっち〜」
イェナくんが引き渡しをする。
「一件落着ですね!」
「レイレイ、帰りにアイス食べて帰ろ〜」
若者二人が歩き出した。
「ねぇ蜂屋くん、私のポケットから目薬だしてくれない?ついでにさしてよ」
「なんや気色悪い。自分でやれ」
そう言いつつも上着のポケットをゴソゴソとあさってくれる。しゃがんで上を向く。しばらくして水滴が眼球に当たった。瞼を下ろして染み渡らせる。
「いっつも目薬さしとるけど、なんなん?アレルギーなんか?」
「ん〜、老眼防止だよ」
目を見開くとゲェッという表情の蜂屋くんが映る。立ち上がり、先をいく二人を追う。蜂屋くんを追い抜いて。
「ねぇ〜、アイス蜂屋くんの奢りだって〜〜〜」
「なんや!勝手なこと言うなや!!!」
彼は叫びながら走ってくる。レイくんとイェナくんが歓声をあげている。
そうやって四人で笑いながら帰路についた。